もんすたあさぷらいずどゆう surprise:1

「今日もまたオーガ狩り? 俺もういい加減飽きたんだけど」
「そう? それじゃ、ジギタリスはここで私の帰りを待ってるんだね」

 セルニカの食堂で、一組の男女が昼食をつつきながら、これからどこにいくかを話し合っていた。
男は、白いチュニックに黒いズボン、その上にマリンブルーのレザーアーマーを身にまとっている。
愛剣は、いつでも手に取れる様に左手側の壁に立てかけていた。
使い込まれた感のあるその剣は、古くはあったが痛んではいない。
それは、毎日の手入れが行き届いているということであり、男が歴戦の戦士であるという証(あかし)でもあった。

「行かないとは言ってないだろ、ベラドンナちゃぁん」

 ジギタリスは、いかにも軽そうな笑みを浮かべて、親しげに目の前の女性の名を呼ぶ。
だが、ベラドンナと呼ばれた女性が返した返事は至極素っ気無いものだった。

「飽きたんでしょ? 無理についてきてくれなくていいよ」

 こちらも同じくチュニック、ズボン、レザーアーマーという戦闘におもむく者としてオーソドックスな服装だった。
色は全て黒で統一されており、長くボリュームのある黒髪との境界が曖昧になっている。

「確かに飽きたのは飽きたんだけど。でも……」

 そこで一度言葉を止め、キュッと唇を閉じ、顔中を緊張させ、真剣な表情を作ってから、ベラドンナの目をじっと見つめた。
ただ残念ながら、彼女の視線は彼ではなく、彼女の手元にある昼食の焼き魚へと注がれている。
俺の熱い眼差しを受け止めてくれ。
ジギタリスは、心の中で呟き、自分の方を向くのを待っていたが、彼女は魚の身をほぐすのに夢中で顔を上げる気はなさそうだ。
これはいくら待っても気付きそうもない、いや、むしろ気付いてて無視してるな、と諦めてさっきの言葉の残りの部分を告げた。

「俺は君をずっと守るって決めたんだ。君一人を危険な目に合わせられないさ」

言った本人は口説き文句のつもりだったのだが、ベラドンナの返事はまたしても味も素っ気も無いものだった。

「私一人で危険な所に行くつもりないし。適当にその辺の男に声かけたら一緒に行ってくれる人もいるっしょ?」
「なんで、そういつもいつもつれないんだよ、ベラドンナちゃぁん」

 真剣な表情は一瞬で消え去り、また元の軽そうな笑みに逆戻りした。
最初から本気で口説くつもりはなく、こういう関係を楽しんでいるだけのようにも見える。

「それなら、いつもいつもワンパターンな口説き方はやめてよ」
「ほほぉ。では、斬新な口説き方をしたら俺になびいてくれる、とそういうのかね?」
「そうね。口説き方によってはあるかもよ?」
「それはいいことを聞いた。そうだな。では、こういうのはどうだ?」
「おお。どういうのだ? 聞いてやろうではないか」

 ようやくベラドンナは焼き魚からジギタリスに視線を移し、期待のこもった眼(まなこ)で次の言葉を待った。
大きな漆黒の瞳が、ジギタリスを真っ直ぐに見据える。
ジギタリスは、緊張した面持ち(おももち)で何か言おうと口を動かしたが、意味のある音を結ぶことはできず、結局すぐにまた顔を崩した。
今度はさっきの軽そうな笑みではなく、視線を彷徨(さまよ)わせながらのはにかんだ笑みだった。

「あの、その、そんな真剣な顔で見られたらやりにくいじゃないか」
「普通女の子を口説く時ってのはそういうもんじゃないの?」
「それはそうなんだけど」
「なに? 目を見てだと、何も言えないの? はっ。根性無しが!」
「そこで俺が罵倒されるいわれはないと思うのだが……」
「女もろくに口説けないのに偉そうな口を叩くな。この唐変木(とうへんぼく)め」
「いや、だから、なんでそこまでいわれないと……」
「言うことがないのなら、さっさと失せろ。マザコン野郎」
「……。その唐突に何の脈絡もなくキれるのやめてくれないか?」
「いいじゃない。すっきりするし」
「すっきりするのはベラドンナだけで、こっちはストレスがたまるよ」
「さっき、『俺は君をずっと守るって決めたんだ』っていってくれたじゃない。それ位我慢してよ」
「聞いてなかったのかと思ったら、しっかり聞いてるし」

ジギタリスはわざとらしく、はぁ、とため息を一つついてから、ボソリとつぶやいた。

「どっかに大人しくて可愛い女の子いないかな」

ベラドンナは、むっとした表情で言い返す。

「いるじゃないの、目の前に」
ベラドンナが大人しいというなら、ゴブリンは深窓の令嬢で、ダークオーガは大和撫子だ」
「そのゴブリンとダークオーガの微妙な差はなんなのよ」
「つっこみどころはそこかよ」

ジギタリスが、その微妙にずれたつっこみにつっこみかえして、楽しく食事を続けようと思った所で予想外の邪魔が入った。