It was a dark windy night. #2

 彼女はうーん、と少し考えてから「なんとなく、かな」と、ほほえみながら答えた。

「そっか。なんとなくか」
「うん。なんとなく」

なんとなくで気配を読まれたんじゃ、戦士や暗殺者の商売あがったりだよ。
……いや、そうじゃないか。単に僕が未熟なだけだな。
プロの戦士や暗殺者なら、そう易々と気配を読まれたりはしないに違いない。

「おっかしいなぁ。気配を隠すのは、結構得意なつもりだったんだけど」
動揺を悟られないために、軽くおどけた口調で言ってみる。
口にしてみると、本当に自分自身が”大した事じゃないと思っている”ように思えてくる。

小さな頃から戦士としての教育を受けてきて、最近ようやくものになってきたと思い始めた所だったのに。
戦いの稽古よりも異種族語の勉強をしてる方が好きだったし、実際優秀な戦士でもないけど、それでもある程度の自信はあった。
だけど、所詮はそんなもんだったんだ。

「あまり落ち込まないでね。私こういうの得意だから」
僕の心を見透かしたように言う。

「子供の頃から、父さんの仕事の関係でうちには戦士の人がよく出入りしてて、そういう人たちと遊ぶことが多かったから、気配をよむのとかって自然と身に付いちゃった」
「そういう問題なの?」
「だって、聞いてよ! その中にいつも遊んでくれるお兄ちゃんがいたんだけど、一緒に隠れんぼしたら本気で気配消して隠れるのよ? そんなの子供に見つけられるわけないじゃない。だからね、そのお兄ちゃんのおかげで、気配をよむのだけはうまくなった。あの頃は、楽しかったな」

 嬉しそうに子供時代を語る彼女の横顔をぼーっと眺めながら、自分の子供時代を思い出していた。

物心が付いた頃には、剣を握っていた。
英才教育っていうんだろうな。
大剣、槍、短剣、弓と一通りの武器の使い方の訓練を受けた。
共通語だけでなく、ユーク族みたいな他の種族特有の言葉も習ったりもした。
その他に、エランシアの歴史、神学、自然科学、兵法学……色々なことを覚えさせられた。
遊んで楽しかったというようなあまり記憶はない。

「どうしたの?」

顔をあげると彼女がこちらを向いていた。
フードの奥にある顔を見られなかったか少し不安になりながら慌てて海の方を向く。

「いや、ちょっと子供の頃を思い出してて」
「隠れんぼとかした?」
「した覚えないな。剣の稽古とか言葉の勉強とか、そんなのばかりさせられてた」
「楽しかった?」
「どうだろ。楽しいとか、楽しくないとかよりも、ただ目の前に出された課題をこなしていくだけな感じだったから」
「ふーん」

軽く空を見上げながら、適応な相づちを返す。

「興味なさげだね」
「ううん。そんなことないよ。じゃぁ、なんて返事すればよかった? 同情されたかった? 自由に遊べなくて可哀想だね、って言ってもらいたかった?」
「そういうわけじゃないけど……。同情して欲しそうだった?」
「ううん。でも、不満そうだった」
「そんなに不満そうだった?」
「うん。とっても」
「そうかな」
「そうだよ」

僕も彼女と同じく空を見上げてみる。
空は真っ暗で星一つ見えない。

「私もしたかった。剣の稽古とか」
「強くなりたかった?」
「ううん、ただお父さんの役に立ちたかった。そうしたら、きっと、今もお父さんの側にいれたのに」
「お父さん、今側にいないの?」

聞いちゃまずかったかな、とも思ったけど聞いてしまったものは仕方がない。

「うん」

僕の心配をよそに、こともなげにうなずく。
長い髪がふわりとゆれた。

「でも今日一日だけ帰ってくるんだ。最初さ、お父さんがどこかに行ってしまってすごく寂しかった。でも、時間が経つにつれ、一人の寂しさにも少しずつ慣れてきた。一人になってから、しないといけないことが増えたし、したいこともあったし……。お父さんのことを考える時間がどんどん減っていって、最近ではもうどうでも良くなってたんだ。だけど、久しぶりに会うことになった時、すごく嬉しかった。嬉しすぎるくらい嬉しい。こんなにも嬉しいと感じるなんて思わなかった」
「きっと寂しさに慣れたんじゃなくて、自分でも気づかないところで我慢してたんだね」
「多分……そうだと思う。分からないよね、自分の気持ちなのに」
「うん」

さざなみの音と木々のざわめき以外何も聞こえない。
ずっと同じ体勢で座っているのに疲れて足をのばすと、のばした先に落ちていた乾いた小枝がおれてぽきりと音を立てた。
今ここには、自ら音を立てる存在は僕ら以外居ない。
世界中で起きているのは僕たち二人だけのような気がしてくる。

「あなたもさ、本当は子供の頃もっと遊びたかったんじゃないの?」
「そう……かもしれない。でも、どっちにしても、そのことを言う相手がいなかったんだ。例えそんな気持ちがあって、自分でそのことに気づいていても状況はそう変わってないような気がする」
「お父さんとかお母さんとかにいえなかった?」
「いえなかった。いうわけにはいかなかった。母さんのために頑張ってたから。僕には兄さんが二人いて、それぞれ母親が違うんだ。いつも母さんは、頑張れ、兄達に負けるな、ってそればっかりいってた。何が勝ちで何が負けなんだかよくわからないけど。もし僕が負けたら、それは僕の母さんが兄さんたちの母親に負けたことになるんだ。そしたら、きっと母さんは父さんに捨てられる。それが分かってたから、母さんは僕に頑張れっていってたんだ」
「それじゃ、お父さんにもいうわけにはいかないね」
「うん。母さんのこともそうだし、そうでなくても、父さんには嫌われてたからね。可愛がって貰った覚えないし……それどころか、まともに話をしたことすらあんまりない」
「もしかしたら、あなたに頑張れ、っていってたのは、”あなたのお母さんがお父さんに愛される方法”じゃなくて、”あなたがお父さんに愛される方法”だと思ってたのかもしれないね」
「つまり、母さんは”母さんの為に”じゃなくて”僕自身の為に”、頑張れっていってたってこと?」
「そうそう」
「母さんの肩を持つんだね」
「うん、だって私、女だもん」

それが理由として成り立つのかどうかどうかわからないけど、えらく自信たっぷりに言うから、僕は特に何も言えずにいた。

「でも、本当は私が何も言うことはないんだけどね。きっと、親が一番あなたのことを考えてくれてるから、他人が口を出す事じゃないと思うんだ。お父さんに可愛がってもらった覚えがないっていうけど、それだってお父さんなりの考えが何かあったのかもしれないし。夫婦喧嘩は犬も喰わないっていうけどさ、親子喧嘩だってそうだと思う。ただ、親子の場合は明らかな上下関係があるから、違う感じがするけど。あれ? でも、夫婦でも上下関係が明らかな場合もあるかな?」

そういって一人でクスリと笑う。
僕もつられて少し笑ってしまった。
彼女の無邪気な笑顔を見てると、フードをとって僕の姿を正直にさらけ出したい気になる。
このまま自分の顔すら見せないでいるのは、騙しているような気がして心苦しい。
でも、きっとこのフードをとって僕の醜い姿を見せたら逃げていってしまうに違いない。

「でも、世の中って広いから子供に全く愛情をもてない親もいるかもしれない。あなたの両親がどうだかはわからないけど……。あなたの素直さをみてたら、きっと愛されて育てられたんだろうな、と思う」
「なんか悟ってるね。君もしかして子供いるの?」
「それ、当然冗談できいてるのよね?」

半分くらいは。
心の中ではそう思っていたけど、声のあまりの冷たさに冗談でもそう答えることがためらわれた。

「もちろん、100%冗談だよ」
「なら、よし」

満足げにうなずき、少し間をおいてからまた口を開いた。

「あなたのお父さんがあなたを愛していたかどうかはわからないけど、何人もの女性に子供を産ませた、ってのは万死に値するね」

軽い口調で随分なことをいう。

「そうかな?」
「そうです。もしかしてあなたも何人もの女性に手を出そうなんて考えてるんじゃないでしょうね?」

そんなこと考えてないよ、と答えたかったけどその時間は与えられなかった。

「もし、そうなら、悲しむ女性がうまれる前に今この場で抹殺しとく」
「し、しないって」

言葉と同時に首をぶんぶんとふる。

「なら、よし」

何の話してたかわからなくなっちゃったじゃないか。
またしばらく空白の時ができた。
たまに彼女の横顔を盗み見る。
何度目かの時に目があった……様な気がした。
フードの蔭になって僕の顔をはっきり見ることはできないから、正確には目があってはいないはずだ。

「ねぇ、ずっと思ってたんだけど、なんで顔隠してるの? 誰かに追われてるの? 城からこっそり抜け出してきたお忍び中の王子様とか? 監獄からこっそり抜け出してきた指名手配中の犯罪者とか?」

いつか聞かれるんじゃないかと、思ってたけどやっぱり聞かれたか。
王子様か、犯罪者か。冗談で言ったんだろうけど、半分ずつ正解だ。
城からこっそり抜け出してきた指名手配中の犯罪者、もしくは、監獄からこっそり抜け出してきたお忍び中の王子様、っていったほうが近いかも知れない。

「人に見せられる様な顔じゃないからだよ」
「そのフードとってよ」

こっちを向いて、今にもフードに手を伸ばして来そうな勢いだ。
座ったままじゃ、不意をつかれたらよけきれないので、危険を感じて立ち上がる。

「だから、駄目だって。僕の話聞いてないでしょ」
「うん。聞いてない。いいじゃん。少しくらい」
座ったままで、僕を見上げて平然と言い放つ。

「少しとかそういう問題じゃないし」
「”人に見せられる様な顔じゃない”って何よ」
「見たらきっと逃げ出す位に醜いから」
「そんなに醜いの? そんなこといわれたらすごい気になる。見せてよ」
「駄目だ、ってば」

これではずっと平行線だ。
彼女が立ち上がって、何か口を開きかけたときに、後ろに気配を感じた。
彼女も気づいたらしく、意識がそちらに向く。

「誰か来たね」
「みたいだね」
「こんな時間にうろうろしてるって絶対まともな奴じゃないよね」

自分のことを棚に上げてそんなことをいう。
そのあまりの棚への上げっぷりに少し驚いたが、そんな事にいちいちつっこみをいれていられるほど、呑気な状況ではなさそうだ。
その新たな気配は、殺気をみなぎらせている。
その気配の方に向き直り、出方をうかがう。

「ようやくお見つけいたしましたよ。王子様」
ひどい訛りの入った汚い声だ。
言葉こそ丁寧だが、そこには嘲りの様なものしか感じ取れなかった。

「申し訳ございませんが、ここで死んで頂きます」