It was a dark windy night. #3

 言葉と同時に携えていたロングスピアの鋒先をこちらに向ける。
僕は男からの攻撃に備えて身をかたくした。
しかし、すぐには仕掛けてこない。
こちらの力量をはかりかねているのだろう。
刹那が永遠に感じられ、その永遠が精神力を少しずつ削りとっていく。
緊迫した空気に耐え切れなくなった僕はこちらから仕掛けることにした。
防御のためにかたくした体を攻撃の態勢へと持っていく。
そうして仕掛けるタイミングをはかっていたら、すぐ横から気勢をそぐ声がした。

「何いってるの? あいつ」

顔は槍を構えたその男の方に向けながら、目だけで彼女の方をみた。
心底不思議そうな顔をしている。

「いや、その、なんか、僕に死んで欲しいみたいだよ」
「ふうん」
「相変わらず興味なさげな返事だね」
「そんなことないよ?」

そんな眠そうな声で言っても説得力皆無だ。

「他人事だと思ってるからそんな呑気な口調なのかもしれないから、念のため言っとくけど……。あいつが正直に僕だけを狙ってくるとは思えない」
「うん。もしかしたら、私を人質に取ろうとするかもしれないね」

一応、状況は把握しているみたいだな。

「そうだよ。だから、もう少し緊迫感を持ってよ」

緊迫感を持ってもらったところで何がどうなるわけではないけど、呑気に構えててあっさり殺されても困る。
必死になれば、彼女だけでも逃げることはできるだろう。

「でもさ、あなたが守ってくれるでしょ?」

僕が……守る?
その余裕は僕がいるからなの?
頼られてるの?
僕が?

「できる限りはそうしたいと思うけど」

今の僕の脅威は、僕を殺すという目の前の男よりも、僕を信頼してくれているこの女の子の方だ。
僕次第でこの女の子が死んでしまう。
その考えは、自分が殺されてしまうことよりも恐ろしい気がした。

「最後のお別れはすみましたか?」

やはり変わらず訛りのひどい汚い声だ。
僕のことを「王子」と呼んでいたからには、人違いやただの物取りではないだろう。

「一体何語喋ってるの?」
「オーク語だよ」
「すごい。オーク語がわかるんだ? それも子供の頃習ったの?」

子供の頃に習ったといえば、習ったということになるかな。
心に浮かんだその答えを口に出すよりも先に男が動いた。
構えた槍を片手に持って一旦引いて振りかぶり、そのまま勢いよく横に薙ぐ。
空気を切り裂く音と共に槍の刃が迫りきた。
彼女の手を引いて後ろに跳ぶ。
彼女は軽く「きゃっ」と悲鳴を上げた。
槍の刃先がぴたりと僕の前で止まる。
そこから刃先は一度引き戻され……次の瞬間にはまっすぐに突きが繰り出されていた。
彼女を左に突き飛ばし、僕は体半分右にかわしてやりすごす。
刃はすぐに引き戻されまた突きが来る。
それもどうにかかわす。
5,6回同じことを繰り返したあたりでようやく男の動きが止まる。
防戦一方じゃ勝てない。
わかってはいるけど、、攻撃に転じる隙がない。
攻撃をすべてかわす自信はある……だが、攻撃を当てる自信はない。
あの男も同じことを考えてるんじゃないだろうか。
これでは永遠に勝負がつかない。

攻めあぐねていると、彼女がいつの間にかすぐ隣に来ていた。

「いい動きするね」

確かにそうだ。鋭い動きをする。
後手にまわっては、やられるのはこちらだろう。
手を読んで行動を予測しておかなければいけない。
もし逆の立場だったら何を狙うか……。

「何を呑気に。敵をほめてる場合じゃないじゃないか」
「ううん。いい動きをしてるのはあなた。でも、なんで相手の間合いで戦ってるの? ロングスピアだよ。懐にもぐりこめたらなんとでもなるんじゃない?」
「それができたら苦労はないよ」
「守りに入ってたら勝てないよ。あなたには有利な点が一つあるんだし強気でいっていいと思う」

有利な点? なんのことだろう?
それより「人質にされるかもしれない」とわかっていながらなんで逃げないんだ。
有利な点どころか明らかに不利じゃないか。
もし彼女の方が狙われたら、さっきまでみたいに避けるだけ、とはいかなくなる。

その時、ちょうど心を見透かしたかのように男は彼女をみた。
槍がゆらりとゆれ刃先が彼女の方を向く。
どうすればいいんだ。

「攻めてっ」
彼女が叫ぶ。
男が突く。
僕が跳ぶ。
3つの出来事がほぼ同時に起きた。
男の槍が彼女に届く前に攻撃を当てないと。
いきなり跳び込んでくるとは思わなかったのだろう。
男はあわてて槍を引き戻そうとして体勢を崩している。
いけるっ。
拳を握り締め渾身の一撃を顔面めがけてはなつ。
男は後ろに吹き飛びそのまま動かなくなった。

「すごいじゃない。一撃必殺ね」
「必殺って……。殺してはいないけどね」

振り返ると、彼女は体を九の字に曲げていた。
腹の辺りから槍が生えている。

「刺されたのか」

あわてて彼女の元に走り寄る。
槍の刃先が見えない。
それだけ深くもぐりこんでいるということだろう。
でも、槍の長さを考えたら貫通しててもおかしくないのだが……。

「傷口を見せて」

腹に手を伸ばそうとしたとき予想外のことが起きた。
ぱしりという乾いた音と頬の激痛。

「触るな、すけべ」
「え、で、でも……」
「大丈夫。怪我なんてしてないよ」
「でも、槍が……」
「だから、大丈夫だって。ほら」

といって、槍の先をこちらに見せる。

「あれ?」

刃先がない……?
松でできた槍が途中ですっぱりと切られている。
彼女は地面から何かを拾い上げた。

「これこれ」
と、いって見せられたのは、ダガーと槍の先っぽ。
槍の先を受け取って、切られた部分とを合わせてみるとぴったりとあった。

「切れ味がよすぎるのも困り物ね。ダガーではじくだけのつもりだったのに、すっぱりきれちゃった」

いくら切れ味がよくても普通切れない。
その切れ味に見合った腕もないと。

「槍の先っぽを切り飛ばしても、そのままの勢いで突かれそうになったから、あわててダガーをすてて両手で槍をつかんで勢いを殺したの」

そうか。さっきあの男が槍を引き戻そうとして体勢を崩したのは彼女が槍の先っぽをつかんでいたからか。
もはや人間業じゃないな……。

「私がいった『あなたの有利な点』っていうは、私も戦力になるってことよ」

なんだよ、それ……。

「嘘つき」

まず心に浮かんだのはその言葉だった。

「なにがよ」
「結構腕が立つくせに……。隙だらけで全然そんな様子みせなかったじゃないか。それに尤もらしく『子供の頃剣の稽古とかしたかった』とかいっちゃって」

さっき、ぼーっとしてたのも、敵を油断させるためだったんだ。

「こっちは本気で君を守らなきゃって必死になってたのに」
「でも、ほら。誰かに頼られるのも悪くない気分でしょ? 頑張ろうって気にならない?」

悪い気はしなかった。それは認める。
必死になれたのも頼られてる、と思ったからだ。それも認める。
でも、それ以上に……。

「すごく怖かった。僕次第で僕以外の誰かが傷つくことが」
「何をいってるの。それが責任感っていう奴でしょ。いつでもそれから逃げるわけにはいかないよ。もっと強気でいこうよ、強気で」
「そりゃそうなんだけど」
「それから、私は嘘つきじゃない。隙だらけに感じたのはあなたがそれだけ未熟だってことよ。それに子供の頃剣の稽古をしたかったのは本当。実際に剣の稽古を始めたのはパパがいなくなってからだけど」
「そっか。僕は子供の頃からずっとやってるけど、多分、君には勝てないだろうな。あの切り口をみただけでもわかる。本当にへこむよ」

なんだか今までやってきたことが全て無駄に思えてきた。

「私がどれだけ死ぬ気で稽古したか知りもしないで、勝手にへこまないで。嫌々やった十何年よりも真剣にやった数年の方が上にきまってる。才能がないとか、いくらやってもだめとか言う前にあなたも死ぬ気でやってみなさいよ」
「別に才能がないとか、いくらやってもだめとまではいってないけど」
「それにあなたは剣だけじゃなくて、色々勉強してきたんでしょ? いいじゃないの。例え、剣くらいできなくても」
「うん……」

またもとの静寂が戻ってきた。
さっきの男もまだしばらく起きてこないだろう。

「そのダガー。すごく切れ味いいんだね」
「うん。実はこれパパが作ったんだ。
 パパが家を出るときに護身用として置いていってくれた」
「君のお父さんって鍛冶屋さんなの?」
「そうだよ。今は何か研究のために何人かの弟子と離れ島にすんでるけどね」
「ああ、それで『お父さんがいない』っていってたのか」
「そうそう。それでね、お父さんはロランシア一の鍛冶屋なんだよ。今でも、お父さんの作品を求めてプロの戦士が尋ねて来るくらい。だからそういう人たちに頼んで剣の稽古をつけてもらってるんだ」
「ちょっと見せてもらってもいい? そのダガー
「いいよ。はい」

なるほど。かなりの業物だな。
正直言ってダガーのよしあしなんて、切れ味でしかわからないと思っていたが、これは違う。
持った瞬間に手になじむ。
軽く振ってみるとそのことがさらによくわかる。
重心の関係だろうか。
意識しなくても自然と体に負担のかからない振りになる。

「さすがロランシア一の鍛冶屋っていうだけはあるね」
ダガーを彼女の手に返す。

「でしょー」

機嫌の良い返事が返ってくる。
本当にお父さんが好きなんだな。

「で、単刀直入に聞くけど、何で命を狙われてたの?」
「本当に単刀直入だね」
「フードで顔を隠してるのと関係アリ?」

……全部話してしまってもいいんだけど、折角良い雰囲気なのに嫌われたくない。
どうしたらいいだろう。

「言いたくないなら無理にはきかないよ」

悩んだ結果、一つ質問をしてみることにした。

「オークについてどれだけのことを知ってる?」
「え? あ、そうか、あの男、オーク語喋ってたんだっけ。あなたと同じでフードで顔隠してるからよくわからなかったけど……。あいつオークだったのかな?」
「うん。多分そうだよ」
「なんで、オークに命狙われてるのよ」
「質問してるのは僕だよ。オークについてどれだけ知ってるの?」
「強気ね。えーっと、そうね一般的に言われてるのは『夜行性の亜人種。豚の顔を持つ醜い怪物。知能は低く、残忍で好戦的』って、感じかな」

そっか。そうだよね。

「ごめん。そろそろ帰らなきゃ。夜があけてきた」

実際、空が白じんできている。
このまま、何もいわずに別れるのがお互いのためだ。
そう思ってそのまま「さよなら」と一言告げて立ち去ろうとしたら、しっかりと手をつかまれた。
その手を振り払おうと彼女の方を向いたとき、さっきまでやんでいた風がまた吹き始める。
風でフードが外れそうになる。
あわてて抑えようとしたけど手をつかまれていてそれもできない。
そのとき、特に強い風が吹いて、フードが完全に外れた。

そうして、僕の素顔を彼女に見られることになってしまった。
人ではない……オークの顔を。